台湾華語(中国語)を勉強していた頃、 なぜかどうしても言えない単語がありました。
それが、いちごです。
いちごは草莓(ㄘㄠˇ ㄇㄟˊ / cǎo méi)というのですが、
この単語だけが、なぜかうまく言えませんでした。
何度練習しても直される日々
何度練習しても、先生に直されてしまいます。
最初の三声が違う、と何度も言われていました。
でも、自分ではちゃんと言えているつもりで、
「え、今のどこが違うんだろう」と、毎回思っていました。
何がだめなのかも、そのときはよく分かりませんでした。
「ほんの少しの差」の正体
三声は後半を上げるイメージが強くて、
自分ではそのつもりで言っていたのですが、
少し上げすぎて二声のように聞こえてしまっていたみたいです。
一音ずつなら言えるのに、単語になると、うまくいかない。
何度も言い直して、そのたびに直されて、
「こんなに簡単そうな単語なのに、どうして言えないんだろう」
と当時はずっと思っていました。
自分では言えているつもりなのに、実際には違っている。
そのほんの少しの差が、当時はなかなか越えられませんでした。
壁を越えた「意識」の変化
のちに、三声は「低い点」なのだと意識するようになってから、
ようやく先生に止められなくなりました。
今では言えるようになった「草莓」の文字を見るたびに、
あの頃のもどかしさをふと思い出します。
耳で聞くことと、自分の口から出すことのギャップ。
それもまた、語学の難しさと面白さなのかもしれません。


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